自分より不幸な人を見下して平静を保つのは悪なのか?

自分はアフリカのこどもよりかはましな境遇でいる。

それは親や教師に言い聞かされたことなので、いつかは思ったことがあるのでしょうか。

それでも、「アフリカのこどもだって幸せはあるはずだ」と当たり前の屁理屈を並べてその考え方を振り払っているはずです。

私はそうした見下した考え方をすることによって、自分が公平に保たれるならばそれでいいと思います。

人を見下すだけで自分が幸せならそれでいい

人の幸福というのは比較論ではありませんが、もしも比較論で自分が幸せになれるならばそれに越したことはありません。

そうした考えを十分に利用しましょう。

ただ、それで「アフリカのこどもよりかはましだからもっと頑張らないと」と思う必要はありません。

アフリカのこどもだって働いていません。

せいぜいゴミを拾って売っているくらいのものです。

それは労働ではありません。

他にも不幸な人がいることで、それを見下して自分が優越感に浸るということは、道徳的にはいけません。

ただ、日本にアフリカのこどもはほとんどいません。

だからこそユニセフなどの利権団体がしょっちゅうアフリカのこどもの写真を出しては金儲けしているわけですが、自分だってそれを利用する権利はあるはずです。

自分はアフリカのこどもより恵まれている。

それでいいのです。

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2014年4月11日 自分より不幸な人を見下して平静を保つのは悪なのか? はコメントを受け付けていません。 ひきこもりについての考察