社会に適合出来るひきこもりと出来ないひきこもり

私がひきこもっている時は、後から振り返ってみると苦痛しかありませんでした。

ひきこもっている人が何を考え、何を思ってひきこもっているのか、一般の人には気になることだと思います。

だけど大げさなことを考えているわけではありません。不安や絶望に飲まれていてそれどころではないというのが、ほとんどではないでしょうか。

ひきこもりの中にはコミュニケーションをとれる人もいる

スカイプにはまった時、ひきこもりの方と話をしたことがあります。

その人は、凄く物事をよく考えていて、ひきこもりなのに流暢に喋ることができる方でした。

ひきこもりでも、最近はニコ生であったり、スカイプであったり、ネットゲームであったり、ちゃんと喋る方法があるので、そうした方法を活用している人は比較的病状が軽いかと思います。

社会に適合できる基盤ができているからです。

しかし、私の場合はネットでのコミュニケーションも怖くて避けていたので、比較的重い一般的な精神疾患型のひきこもりの状態であったと思います。

苦しくてただ苦しくて、希望がまるでない状態でした。

そうした時間の中で、何かが変わるはずだと漠然としたものにすがりつき、逃げていました。

だけど、逃げるしかなかったのです。戦うことはどうしてもできなかったのです。

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2014年2月20日 社会に適合出来るひきこもりと出来ないひきこもり はコメントを受け付けていません。 ひきこもりの状態