親への復讐心でひきこもっても自分にメリットはない

思春期にひきこもりになる人の中には、復讐心でひきこもっている人もいます。

ひきこもりの原因は複合的で様々なのですが、その深層意識として復讐があります。

反抗と言うものは、親との悪質な関わりです。

攻撃的になり、自立を求め、そこからアイデンティティーが発生します。

しかしひきこもりは違います。悪質な不干渉を貫きとおします。

そこで生まれたアイデンティティーはまともなものではありません。

それが復讐たる所以なのです。

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ひきこもりは体内時計をリセットして不眠症を治そう!

ひきこもりは慢性的に不眠症になっています。

ただ、『決まった時間に寝て決まった時間に起きる』必要がないため好きな時に寝て好きな時に起きていることができます。

そのため不眠症と判断されることはありません。

何故ならば病気とは弊害があってこそ初めての病気となるからです。

ただ、これは社会生活を営む上では非常に弊害となります。

何せ夜に寝ることができないのです。

昼間は働いて夜も寝ることができず、心身ともに疲れ切ってしまいます。

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100か0かの思考

ひきこもりは完ぺき主義傾向のある人がなりやすいと言われています。つまり100か0かの判断をしてしまう人が、現実では100にはなれないからといって0を選んでひきこもるケースが非常に多いです。私もやはりそうでした。私の親はそういうタイプの人でしたので、無職になるくらいならひきこもりでいいという考え方の人で、その通りに押し進めようとしました。

また、私が小説家で生きていこうと思ったのは、現実が0なので別の世界で100を取ればいいという安直な考え方からでした。

完ぺき主義もいいのですが、0にするものをきちんと判断できる力を身に着けなければいけないと考えます。やはりぎりぎりまで頑張っても、『もういいや』と放り出してしまっては何も意味がありません。レールの上を走っていなければいけないということもありませんが、ある程度はレールがないと走れません。レールを走りたくがないためにレールの上で座りこんでしまっていては本末転倒です。

ひきこもりにできることは何か。自分にでもできることを少しずつやっていくというのが大切なことになっていくかと思います。50でもいい。

80でも30でも7でも1でも0よりかはましだ。

そういう考え方がひきこもりには必要なのだと思います。

ひきこもりには介護の概念で接する

介護の概念では狭い意味では「入浴」「排泄」「食事」の三つと言われています。

これさえができればいいと昔はされてきました。

しかし、介護福祉法などの概念では「心身に応じた介護」という概念が更に加わり、介護保険給付の介護の概念では、「尊厳の保持および自立支援を目的とした」サービスの提供が必要とされています。

ひきこもりにも上記の概念は当てはまります。

衣食住が保証されていたからといって、尊厳や自立支援を奪われた環境では、何もできません。

それでいて学校へ行けだの職場へ行けだの言うのは間違いです。

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ひきこもりは病院に行かないと治らない病気なの?

ひきこもりは病気か否かということは専門家でも意見が分かれています。

ひきこもりは一見すると不登校の延長線上に見えます。

実際にひきこもりという言葉自体、『社会人の年齢に達した不登校児をどう呼ぶか?』という議論の末に生まれた定義です。

つまり不登校児の延長で考えれば『病気ではない』ということになります。

ただ、私は確実な病気であると考えています。

その根拠は病気というもの自体が『社会的に弊害がなければ病気ではなく個性』という考え方の逆説で『弊害があれば病気』であるという考え方もできるからです。

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